7月 15 2008

結局のところ、人の価値は「容量の良さとセンス」なのか?

人の価値は、「要領の良さセンス」なんだなぁと感じます。

これだけ努力しました!あんなにも勉強しました!その結果も出しました!そんな、まじめにやっているという、一般的には美徳とされているものは、この世間では通用していないものと感じます。

結局、一番得するのは、「要領の良さとセンス」を持っている人なんですよね。今まで、いろいろな人を見てきましたが、そう激しく思います。

例えば、以前に勤めていた会社で、今のお役人様達ではないですが、勤務中にmixiやら私的ネットばかりやっていて、仕事をしていないのに、お偉いさんに媚び売って、仕事は私にやらして、その結果を横取りして、良い目にあっていた人を知っています。その人、今は、別の会社で活躍しているようです。実力もないのに威張ってばかり、虚勢を張っていましたね、その人・・・。

私、そういう人、あまり好みません。

世間の真理としては・・・

要領の良さ・センス>>>>>越えられない壁>>>>>努力・知識

ということなのでしょう。

この要領の良さとセンスは、ほとんど生まれつきのもので、あとあと努力しても補てんできない部分だと思います。結局は、人生、努力をしてもほとんど意味なく、要領の良い人に、いいように使われていく・・・。そういうことなのかもしれません。

たぶん、今の政治家のセンセイや、官僚サマは、相当に要領の良い人たちなのでしょう。(笑)

2 responses so far

2 Responses to “結局のところ、人の価値は「容量の良さとセンス」なのか?”

  1. Yumiko より:

    「要領の良さとセンス」痛いほど突き刺さりました。

    その通りだと思います。

    努力して真面目にコツコツ生きてきましたが、馬鹿を見ることもことが多く、すぐ人に利用されてしまします。
    しっかりとちゃっかり…疲れないよう器用に使い分けれたらとも思いますが、自分の真理は納得するまでやり通すことです。

    要領の良い人ほど人脈もあるので、頼りになる時も多々ありますけどね。

  2. Yumiko様

    コメントありがとうございます。
    私は容量は悪いですが、コツコツやるほうだと思っています。
    そんな自分の生き方を変えるつもりはありません。
    それを変えると、私が私でなくなってしまう気がするからです。

    また、遊びに来て下さいね!

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